イタズラな日記?!
これまでのイクトゥス・プロジェクトの活動実績として、【インターネット動画サイト(YouTube、ニコニコ動画等)での音楽・映像コンテンツの配信】(倉井)、【8/9の六大学音楽フェスへの参加】(倉井、Kuwana)を挙げることができます。また、各個人単位で…
ふりかえり日記です。4月10日は、統一地方選挙の投票を済ませたあと、被害が大きかったという浦安市を視察してきました。浦安市は、一年まえまで住んでいた街であり、想い出のつまった場所です。3.11、ぼくの精神史に大きな痕跡(つめあと)を残す出来事…
今週の日曜礼拝のテーマは、「人格的な応答の可能性について」。先週にひきつづきカント哲学をふまえて、「日常生活でのさまざまな行為をとおして、たがいに尊重しあえる関係をむすぶにはどうすればよいか?」を考えた。(先週のぼくの発言はきちんと伝わっ…
今日は、グローバリゼーションをテーマとするプチ研究会だった。(そのつもりはなかったけど、気がついたら、そんな議論になっていた)。グローバル化は進行しているが、それは「世界が一つになること」ではなく、「世界は一つではないということが、全体情…
今週の日曜礼拝では、カント哲学をふまえて、「相互尊重=たがいに目的としあって生きていく方法」について考えた。自己の欲望を達成する手段として他者と接するのか、それとも、他者の人格そのものを目的として接するのか。これは、日常生活でのふるまいか…
さよならヤマハ渋谷店コンサート(at SHIBUYA-AX)から帰宅した。1960年代から日本の音楽シーンを支えてきたヤマハ渋谷店が2010年末に閉店。それを受けて、ゆかりのあるアーティストたちがTwitter経由で呼びかけ合って実現した今回のコンサート。圧巻だった…
インターネット言論で信念対立が起こるたびに「実名-匿名論争」とでも言うべきものが蒸し返される。簡単にいうと「実名=責任ある言論」みたいな図式。ある程度の事実を言い当てているのかもしれないけど、じっさいには、じぶんの「筆名」に責任を持っている…
「人と環境、どっちが大事か」という議論は、「ニワトリと卵、どっちが先か」という議論と同様、解き明かすのは難しい。出会いの環境づくりもふくめて、最善を尽くすに如くはない。「現存在の根本形態は、個体性でもなければ社会性でもなく、両者の構造的統…
国際文化学部の学際的なディシプリンを内面化してしまった(それ以前に、そんな学部を選択する素地をあらかじめ持っていた)せいか、「日本文学の個別専門研究に取り組む」のが、ときどき苦しい。学部時代は、日本文学のゼミに籍を置きつつも、東洋・日本思…
ヴォーカリストのアーティスト名を考案するため、現在試案として挙がっているキーワードの出典である『万葉集』について調べることにした。芸術家にとっての名前は“広義の作品”にほかならないので、それこそ学術論文を1本書けるぐらいの情報・知見を集約し…
ぼくが〈文学〉に賭けているのは、その“物語をデザインする力”においてである。これは、狭義の文学=近代社会に規定された小説という制度にとどまらず、日常的な言語の運用から、ひいては政治的言説に至るまで、あらゆる言語活動の局面にかかわっている。
しばらくのあいだ、“読書を離れてインターネットの言説空間を漂う生活”に慣れきっていたけど、「それではダメだ」と思い、ここ数日は、ムリにでも本を開いて読んでいる。おどろいたことに、以前より「速読力」と「要約力」が格段に上がっていることが実感で…
眠れない真夜中の25時、ぼくが14歳の頃に経験した"唯心的な傾向"への目覚めについて考えていた。 もっとも、ぼくの"唯心的な傾向"は、もっとずっと幼い頃からの性質かもしれない。生まれて初めて観た映画が『ラビリンス-魔王の迷宮-』で、幼少期からずっ…
八月のある日、TVで加藤登紀子の特集をやっていた。旦那さんが学生運動のリーダーだったということは、初めて知った。西部邁の奥さんもそうだけど、政治犯として捕われた恋人をあくまでも思慕しつづける「一途さ」が、あの熱情的な運動を裏側で支えていたのだ…
早稲田大学の学会に顔を出す予定だったのに、体調不良で出かけられず。。ここ数年はずっとこんな調子で、「あらかじめ立てたスケジュールの半分をこなす」ことができれば、まだ調子のいいほうだと言える。……ということで、あしたからは、「これまでの2倍の…
この地上でのぼくのミッションは“Pro Deo et Patria”(ラテン語で「神と世界のために」)という言葉に集約される。立教大学のテーゼと同じ。学問・芸術の両面で、日本の歴史・伝統・文化を大切に守りながら、普遍的な神の正義を讃えることが、ぼくの義務であり…
じぶんの国籍なんてほとんど意識しないけど、「この世界には、言語・宗教・国籍によって互いに殺し合わなくてはならない人たちもいる」ことを想起すると、「じぶんが日本人であるとはどういうことか」、より具体的には、「ぼくが誰かを殺さずに済んでいるとはどう…
今朝のTLを確認していると、靖国神社へ参拝なさる方、千鳥ケ淵の追悼式典に出席なさる方がおおぜいいるようだ。ぼくはプロテスタンティズム的に「好きなとき・好きな場所で祈ればいい」と思ってしまうけど、やはり、過去を想起し、記憶を忘れさせないための「痕…
あしたは敗戦の日です。アジア全域を覆った悲しみに、つかのまの終止符が打たれた日です。もちろん、朝鮮、ベトナム、イラク、アフガンと、悲しみの歴史は現在までつづいています。どうか、われわれ一人ひとりの問題として、平和の大切さを想い、救いと希望…
文武両道、「学問と芸術の両立」は、言うは易しいが、実践するのは困難である。まずもって睡眠時間を削らねばならぬ。。 そういえば、「学問をやっている」というだけで、「こいつは小さいころから優等生で、傷ついたことのないエリートで、自己顕示欲が強く…
globeのファンの一人がこんなことを言うのも変だけど、global(=普遍性)という意味合いのユニット名がヒットチャートを独占し、一世を風靡しということじたい、90年代日本のひとつの典型をあらわしているような気がする。 当然、グローバリズムが自己目…
2010年のサマソニ出演バンド投票、第一位は創価学会の所属グループ。いわゆる「組織票」の問題だが、「共同体のなかで見初めた人たちを育み、外の世界へと送りだしていく」という発想はまちがってない。保守陣営やキリスト教界も芸術情宣のあり方をよく考え…
ぼくの政治的スタンスは「保守主義」(=特定の理論や枠組みを妄信せず、歴史のなかで継承されてきた良識や価値観に委ねることによって「漸進的な改革」を進めていく立場)なのだが、一方で、既成の社会制度に盲従せず、現状を打破するための「テロルへの渇…
真正面に突き抜けようとすると風圧が強い。「学問する」のは好きだが、「勉強させられる」のは嫌いだった。「文学する」のは好きだが、「国語をやらされる」のは嫌いだった。といっても理解してくれる人は少ない。 ぼくは、「一生あそびたおす」つもりでやっ…
Take it to the lucky▽≧ω≦▽ I found you and changin' またまたじぶんでつくったじょ▽≧ω≦▽♪ ケチャプうすめにみえるけど、コンソメ入れすぎたから、これでちょうどいい(笑)。 かつては「芸術家は家事・洗濯などしない」なんて言ってた時代もあったのだが(…
4月から寮に入ることになったので、なにげに料理の猛特訓をしている。 平日はまかないのおばちゃんがつくってくれるらしいからいいのだが、日曜日は朝食しか出ない。礼拝のあと、料理好きな寮生が自発的につくっているらしい。 先日、入寮の意志を伝えたと…
自己の外部に「敵」をつくって排除するという発想ではなく、“自己の内なる鬼=悪”とまっすぐ向き合おう。今日はそういう日だ。 “自己の内部の鬼”と深く向き合ってこそ、“真の福”は来るのである。両者は、いわば、“お面の裏と表”なのだ。 こういう節分のとら…
「すべての存在・意味・価値は、主体の身体・欲望・関心に相関する」ことを出発点にするとしても、「真に認めるべき存在・真につかむべき意味・真に守るべき価値とは何か?」という問いかけは残るはずだ。それを追い求めるのが真正の友愛精神であり、真正の…
博士受験前とか切羽詰まったときほどムダなことしたくなるよね~
渡辺美里の『I WISH』は、アルバム『Baby Faith』に収録された一曲。小室哲哉が美里に提供したいちばん最後の曲でもある。実際につくられたのは1991年だけど、発表されたのは1994年のこと。 発表当時、小室はすでにtrfのプロデュースワークに成功し、音楽プ…