倉井の策略!?

なんか ちょっと おもいついたことなどを かくのです。

「人と環境、どっちが大事か」

「人と環境、どっちが大事か」という議論は、「ニワトリと卵、どっちが先か」という議論と同様、解き明かすのは難しい。出会いの環境づくりもふくめて、最善を尽くすに如くはない。「現存在の根本形態は、個体性でもなければ社会性でもなく、両者の構造的統一態である」(ハインリッヒ・ロムバッハ)。  

日本文学研究の最高学府である早稲田の文研にいたこともあり、よその研究室へ移籍したことでいろいろ思うことはある。そういえば学部時代、「近畿大学の大学院に行きたい」と言って教授陣全員に止められたことを思いだす。「きみの志はわかる。だが、環境も大事」と言われて納得した。そんな想い出話。  

「環境がよくないなら、自分の努力で変えればいい」というのは正論だと思う。いまの研究室でのぼくの立場からすると、その義務、というか、責任は当然ある。「日本文学研究の最高学府でいちばんトンガッてた人間がニコ厨なんかに身を落としてどーすんの」って話である。(……って、ニコ厨に失礼か)。  

「うぬぼれるな」と言われるかもしれないが、それぐらい真剣に学問してた。あのころはね。 

とはいえ、いまのじぶんの“学問的な荒廃”をまのあたりにする(端からみている以上に、じぶん自身、かなり危機感を持っている)と、「環境」をうらむ権利などないと思えてくる。地の塩になろう、神によって召されたのだから。世の光になれるかどうかなどわからなくても、愚直に歩きつづけるしかない。