倉井の策略!?

なんか ちょっと おもいついたことなどを かくのです。

ゼミ発表 太宰治『人間失格』

 本日無事終了しました。早めに準備していたはずが、やはり時間が足りなくなって当日朝から大わらわでした(/._.)。……二限サボってしまった。まあ、必要な単位は三年までに取得してるから構わないんだけど(笑)。

 ?H2>■発表で出た質問&意見■

 ○なぜ葉蔵は女にモテるのか?
  ……やはり母親の愛情が欠落してたことによる孤独の陰が女性を引き寄せるのかな?と僕は考えました。しかし実際のところは分かりません。それが分かればもうちょい華やかな生活ができるよ(笑)。
 女子学生からは、頼りなさげなところから「自分がいないと」っていう気になるのでは?という意見がありました。

 ○ポスト構造主義について書いてますけど、そもそもポスト構造主義って何ですか?
  ……すんません、うまく説明できませんでしたm(_ _)m。来週本貸します。>るい嬢

 ○「葉蔵は陰惨な自分自身の真髄を探求するあまり、(絵画きを通り越して)みずから<地獄の馬>へと成り果ててしまった」というところの意味がつかめません。
  ……すんませんっ!! めちゃくちゃ言葉足らずでした。僕が言いたかったのは、「絵画という表象を通じて、葉蔵は死へと引き寄せられていった」ということなのですが、この文章では意味不明ですね(>_<;)。なにしろ時間がなくて……次からは、余裕を持って仕上げてきますm(_ _)m。

 ○「手記とは神への告白である」と(…アウグスティヌスの例を引きながら)あたかも自明のことのように書いているが、ルソーの『懺悔録』は神を想定していない。また、「大庭葉蔵は世間から十字架に架けられたイエス・キリスト」というのも、論理を飛躍している。
  ……おっしゃる通りです! これも時間が足りなかったために十分な考証ができませんでした。今回の一番の反省点です。ルソーも前もって読んでいた(…太宰の『俗天使』にも出てたから)だけに、十分に盛り込めなかったことは非常に残念です。

 ?H2>■今後に向けて■

 とはいえ、「(近年流行している)表象文化論的な手法を取り入れたことは評価できる。まだ完全に使いこなせてはいないが、煮詰めていけば新しい兆しが見えるかもしれない」という言葉を頂いたのは今回最大の収穫でした。質問や意見をふまえて、次の発表に活かしたいと思います。

 とりあえずいまは、何でもいいから食いたいです。