■誤解の連環~終戦記念日を迎えて~
……歳はとりたくないものです。大人になるにしたがって、かつて持っていた柔らかな感情は、だんだん干からびて老獪になっていきます。
いや、まだまだ大丈夫! まだまだ若い! だいじょうぶ!汗
?H2>■終戦記念日です。■
僕なんぞが言うまでもなく(笑)。今日は終戦記念日です。
まっとうな青春小説です。新治と初江の恋愛が中心ですが、そこに安夫や千代子が微妙に絡んで、“四角関係”の様相を呈しています。
あまりにナイーブすぎて、『潮騒』は三島文学の中でも多少毛色が異なるもの、とされているようです。……僕は詳しいことは分かりませんが、少なくとも「三島にしては読みやすいなあ」と思いつつ、数時間でいっきに読破しました。
この小説を読んで気になったのは、物語のなかに内在する誤解の連環、とでも云うべきものです。
『潮騒』で描かれる出来事は、多くが作中人物の誤解がもとで引き起こされます。
その発端は、嵐の日、寄り添う新治と初江の関係を千代子が邪推(誤解)するところにはじまります。
千代子がそれを安夫に言いつけることで、誤解の連環は安夫に伝染します。――千代子の誤解が、安夫の嫉妬を生み、彼の具体的行動の原因となります。水汲み当番の初江に対する彼の企ては失敗に終わりますが、安夫はそのはらいせに新治と初江の噂を島中に吹聴してしまいます。やがてその噂は、銭湯で思いがけず初江の父に知られるところとなります。
新治と初江の恋愛は、誤解の連環によって裂かれかけてしまいます。
初江の父は(沖縄での新治の手柄を聞いたのもあり)考え直して、新治を初江の結婚相手として認めるわけです。そしてハッピーエンドを迎えるわけですが、ラストの新治と初江のやりとりにも、また誤解の連環が顔をもたげています。
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初江はそっと自分の写真に手をふれて、男に返した。
少女の目には矜りがうかんだ。自分の写真が新治を守ったと考えたのである。しかしそのとき若者は眉をそびやかした。彼はあの冒険を切り抜けたのが自分の力であることを知っていた。
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初江はそっと自分の写真に手をふれて、男に返した。
少女の目には矜りがうかんだ。自分の写真が新治を守ったと考えたのである。しかしそのとき若者は眉をそびやかした。彼はあの冒険を切り抜けたのが自分の力であることを知っていた。
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このふたりのやりとりに、微妙なすれちがいが見て取れますよね。……もちろん、ふたりの未来はしあわせなものでしょうが、ラストのすれちがいが暗示するに、誤解の連環は物語が閉じられたあともつづいていくのでありましょう。
複雑に錯綜する世界や人間関係のなかでは、誤解や意図せざる行為によって思わぬ事件が生起します。その連環に終わりはありません。――ただ、そうした連環のなかに身を置きつつも、少しでも誤解やなにやらを埋めていこうという主体的な試みはたいせつなものだと、僕は思います。
……まとめになっとるかいな??(爆) はらへった▽・×・▽